ハロ・環水平アーク

20170726

暑いあつ~い一日。
つくつくほうしの再来、夏ですね。

ここのところ夏風邪をこじらせダウンしていました。
やっと元気を取り戻して、一日現場に出れるように!

思うように身体が動くって事は、なんて楽しいことなんでしょう。
楽しくて、どんなに暑くても笑顔がこぼれてしまう(気持ちわる!)

楽しいことは重なるもので
今日の正午、盛岡市上空で暈(ハロ)を確認!

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写真には写っていないけど
ハロの下に環水平アークという水平の虹も確認。
(そっちのほうが現象としては珍しいらしい)



ぴかぴかの夏の光と絹の雲


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愛と気概

20170704

3年前、義父と義母の故郷へ
ご先祖様のお墓参りの旅に主人と二人ででかけた。

その時「墓じまい」について、初めて深く考えさせられた。

都市移住化に加えて少子化、核家族化、住宅事情・・
信仰への薄れも相まって、もはや墓というものが
現代のライフスタイルとかけ離れた文化であること。
そして「墓じまい」に直面した人たちの淋しさや苦悩。

その問題に、3年後自分が直面することになろうとは・・
わかってはいたものの、早かったな-。

本家が関西にある我が家には墓がない。
義父は生前、「俺が死んだら、どこよりもおっきな墓建てんねん!」
と言っていたそうだ。
義母は「よっしゃ、そうしたるわー」と言いながら、
「お父さんにはそう言ってるけど、ウチはほんまはいらんと思うとる」
・・・
私達に子供がないために、二代で墓じまいするのはわかっている。
重荷になるだけじゃないか、ということ。
主人と二人で話し合って、友人知人にも相談した。
(結果、同年代の友人知人は考えたこともないテーマだったらしく、ほぼ参考にならなかった)

確かに重荷かもしれない。
でも、先のことは正直わからない。
わかっていることは、義父が望んでいたことと、
義母も本当はあれば嬉しいに違いない、ということだった。
それで、私達がなんとかするから、お墓は建てましょうよ、と言った。
義母はとても嬉しそうだった。

義父のお葬式に来てくれた関西の親戚にも、
息子夫婦がこう言ってくれたから、建てることにした、と説明し
ええ嫁さんもろてほんま幸せやな、よかったなー 
そんな風に言われて私たちも嬉しかった。

ところが、お葬式も終わり、親戚の人たちが帰る直前のこと。
再びお墓の話になったその時、

「ウチは絶対反対。」

大阪のおばちゃんだった。
義母の双子の姉で、私達夫婦も大阪の家に泊まりに行くほど仲の良いおばちゃん。

「皆、墓じまいの大変さが全くわかってない!
いま、どこでも墓じまいで頭悩ましてんねんで。
しまうのわかっていながら今更墓建てるアホがどこにおんねん!」

「そりゃ、墓建てろ言われて、嬉しいのはわかる。
嬉しいに決まっとるやろ。
せやけどよく考えなあかん・・!
(私に)あんたも、よく考えて物言わな、あかんで!」

涙が出た。
皆、良かったね、と言いながらも、
本当は心配してたかもしれない。
大阪のおばちゃんは、一番に私達の事を考えて
このまま「良かったね」で、解散しても良かったはずの場で
あえてそう言ってくれたのだ。
そして結局、1年でも2年でも、ゆっくり考えて決めることにしよう、となった。
おばちゃんの愛と気概には、完敗。
このことは忘れないよ。ありがとう。

私はこの家に嫁にきて、最高に幸せだと思う。
家族、親戚の人たちの愛に触れるにつれ、
自分が変わっていくのを感じている。

新月

20170624

義父が他界してから三ヶ月が経ちました。

ブログを更新するのも三ヶ月ぶりです。

38年間の人生で、こんなに色んな事が一度にやってきた事はありません。

ハゲるかと思ったけどハゲませんでしたー。
(白髪は増えたけど…)

三月の企画展が延期となったことで、
楽しみにしていただいた方、地歩ちゃん、おいものせなかさんには
ほんとうにご迷惑をおかけいたしました。
改めて、皆様のご理解に感謝いたします。

早いもので、もうすぐ義父の百箇日を迎えます。
葬儀が終わってから、七日に一度、供養の意味も込め
実家で3人そろってご飯を食べることにしました。
ご飯は義母が心のこもった手料理を準備してくれ、
家族の温かさをしみじみ感じています。

そして、私自身のことですが、今年二月の新月の夜に
私はひとつの大きな決心をしていました。
その決心は、四ヶ月間あたためられ、
満を持して今日、行動へと移すことができました。
この文を書く前に、月の満ち欠けが描かれたカレンダーを見ると・・・
驚くことに、今日も新月でした。
新月は、何かを始める時には最も適した日と言われています。
全ては偶然であり、必然なのでしょうか。

大きな宇宙の力に守られながら
日々生かされていることを実感します。
辛いと感じる別れもありますが、
次に繋がる糸は自分で紡ぐことができる。
その事を知った2017年の六月でした。

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お手伝い

20170225

紫波町日詰商店街の裏通りにあった
それいゆ美容室さん
リノベーションまちづくりの一環で
はちすずめ菓子店さんとなるそうです。
今日は床の解体作業があるとのことで
お手伝いに行ってきました。

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千葉から一人就職した時は
最も身近だった日詰商店街も
結婚後ほとんど関わりを持たなくなって
かれこれ10年以上が経ちました。

全国的に郊外型の都市化が進み
古い商店街はどこも衰退の一途をたどる流れとなった。
日詰商店街もそういう印象はぬぐい去れず
ここがもっと有効に活用されればいいのになあと
私なんかはただ思うだけでしたが
リノベーションスクールが紫波で開催され
今実際に人が集まって動いていることが嬉しい。
自分の住む町が活気づいていくことって
こんなにも嬉しいと感じるものなんですね。

お昼ははちすずめさんお手製の
たかきびヴィーガンカレーと
月の輪さん酒粕を使った粕汁、
デザートにヴィーガンパイをご馳走になりました!
使ったことないバリの使い方もちょっと上達(笑)

義父ふたたび

20170214

数日前の事。
仕事中に義父から着信が入り
普段だと、仕事以外の電話には
出ないようにしているけれども
よぼよぼヨイヨイの義父だけに、
焦って出てしまった。(←しまった?)

「いま、どこにおんの」
会社です。どうしました?お義母さんは?
「えっ・・いや、何でもない!もうええわ」
どうしたんですか?だいじょうぶ?
「・・・・」

しばらくして、義母からメールが。

【もしかして爺さんから電話がいったかと思うけど
あんまりわがまま言うから お灸据えてます。
ので 気にしないでいいですからね。】

【いいんです  少し 考えを
改めて貰わないと 本当に 困るので】

帰宅後、訳を聞いたら
自分の寝ている位置がずるずる下がって
足が曲がってきて狭いから
担いで上げてくれ、と義母に言ったそうだ。

1年前、一歩も動けなくなるくらい衰弱して
年末どたばたと入院した時から、
頑張ってリハビリに通い、なんとかお散歩に
行けるくらいまで回復したというのに
最近、また食べなくなって、運動もせず
全てがめんどくさくなって、
すぐに「タケコ!タケコ!」(←義母の名前)

自分の寝るポジションくらい
頑張って自分で変えんかい!
と、義母に気合い掛けられたので
しかたなく私に電話して、寝るポジションを
変えて貰おうと思ったら

電話しているところを見つかって
逆鱗にふれたという訳だった。

岩手は外は寒いし足下は雪で危ないので
冬はお散歩することができない。
だから家の中で工夫して、少しでも
運動して筋力を保たなければならないのに
すぐに楽な方に流れてしまう義父に
義母は本気で怒っている。

考えを改めて貰わないと
本当に、困ります。




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