電気人間についての記述

20160417

これをブログに書こうか書くまいか
何度も迷って結局書かずにいた。
なぜかというと、ばかばかしいと笑わる位ならまだしも
人様から色んな意味で敬遠されるのではと心配だからだ。
普段も仲の良い人にしか言わない。
でも、この度面白い本を貸してくれたお方がいたので、
これを記録に書いてしまおうと思う。
(私はおそらくその本は買わないと思うから・・)


私は電化製品をよく壊します。
買った時から壊れてることもあります。
覚えてる事例をならべると

①aiwaのテレコ→最初から電源入らず
②オンキョーのコンポ→最初から電源入らず
③新車→納車時にエンジンかからずいきなり入院
④アルパインのカーステ壊れる
⑤新しく買ったアルパインのカーステ壊れる
⑥主人の部屋にいたら突然テレビが消えて壊れる
⑦主人の部屋にいたら突然ファンヒーターが消えて壊れる
⑧人んちにお邪魔してたら突然隣の部屋で
 「あれ?急にテレビ消えた!」と声が聞こえる
⑨浅草の某旅館に泊ったら朝の7:30きっかりに
 勝手にテレビつく
 そしてチャックアウトの際、「大丈夫でした?」と謎の質問をされる
⑩携帯のCメールが違う人に届く
⑪鈴木さんという女性の携帯にかけたら
 違う鈴木さんという女性に間違い電話をする(パニック)
⑫時計が反対に回る

⑨、⑪あたりはちょっと違うかもしれませんが 謝

他にも中古で買ったラジカセなんかは瞬殺ですし
その経験を生かし新品で良いメーカーを選んで買っても
最初から壊れてるわけですからどーしよーもない。
交換してもらえるのは良いとしても、
海外旅行の直前に買ったIXYのデジカメなんかは
電源が入らなくて使えませんでした 涙
これは保障期間内でしたが交換してもらえず
3回修理に出してようやく直りました。
が、その間のナイスショットを撮る機会を逃した
損害はいったいどうしてくれるのでしょうか 怒

先日、CS(化学物質過敏症)であり
電磁波過敏症であるKさんが
立花隆の本に、関係記述があったと教えてくれました。


「臨死体験」立花隆 文藝春秋 

立花隆氏は、74年に「田中角栄研究ーその金脈と人脈」で
首相の犯罪を暴いて世に大きな衝撃を与えた人物。
ジャーナリストでありながら、幅広い分野での研究による著作があり
スピリチュアルな分野においての科学的な実証をも試みている。

「臨死体験」はタイトルのとおり臨死体験について実証を試みているが
臨死体験をした人の変化の一つとして、電気感受性の高まりを挙げている。
電気感受性の強い人間を、電気人間と呼ぶらしい。

電気人間には、周囲の電気環境から影響を受けやすい受動タイプと
周囲の電気環境に影響を与える能動タイプがあり、
(いうなればKさんは前者、私は後者ですね)
またその両方を併せ持った人もいる。
その対象がたとえば洗濯機だけとか選択的であることが多い。
それはその人の心理状態、生理現象と相関関係を持って
勝手に起こるのが普通で、意図的に起こせるものではない。

また、感情的に動揺している、偏頭痛がある、妊娠している、
女性と男性では圧倒的に女性が多く、ほとんどが既婚者。
そして大きな特徴としてはアレルギー体質であり
大きな音や強い光に極端に弱いことが挙げられていた。

うーん、妊娠していることを除けば
あてはまることばかりで怖い・・・
ん?でもこれって臨死体験した人が被験者なんだよね?
わたし、そもそも臨死体験はしてないわ~

そんなこんなで結局はよくわからないままなんですが
(立花氏も結局はよくわからないという結論)
これだけは言わせて。
よく壊れるのは私の使い方が悪いせいではありません!
・・・悪い時もあるかもしれないけど いつもぢゃないもん。

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枝分かれ法で読んでみた

20160324

浅羽通明氏の著書
「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのかの中で、
若手社会学者の古市憲寿さんと哲学者の國分功一郎さんに
触れてあったので、図書館で借りてみた。

「社会の抜け道」 小学館
古市憲寿 / 國分功一郎

古市さんはほんとにドラーイ。
全く自分とは共通項が見当たらない。
國分さんはある。だからといって良い悪いではない。
自分が共感できない人の考えを知りたくて読んでいるのに
共感できないってだけで、退屈になる私。
普段からそういう脳みそで生きてるってことだなあ、と実感。
(それとは別に、この対談、
ひじょ~にソフトな会話でちょっと物足りないのも事実)

もう一冊。
浅羽氏の同著書の中で、ニーチェの永劫回帰の
解釈が出てきたので「?」ってなったけど
ニーチェとか、難しくて絶対読めないし、ということで借りた

「いたこニーチェ」 飛鳥新社
適菜収

ニーチェが恐山のいたこの様に
人間に降臨して色々教えてくれるという
バカバカしくもちょっとためになる本。
結局最後の永劫回帰の表現で「?」になって
もやもやが増したという 涙
でもサラッと読めて面白いです。

「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか

20160303

もうすぐ震災から5年が経とうとしている。
すでに再稼働した原発に加え、40年という数字も見直されて
審査を通過した高浜1.2号機も続くと思われる。
この先次々に原発が再稼働したり、戦争の影が濃くなる度に
ひとり部屋の隅でブログに結果を書き込んで
ただ不満をつらねているのもどうかと思ってはいる。
記録として結果を書くのは良いとしても不満は…

戦争はこんなに酷かったとか
原発は危ない(特に私はこれしか言えない)とか
こんなに多くの人が反対しているのになぜ変わらないんだ
という疑問とか心からの訴えに涙ぐんだり怒りがこみ上げたり

そういうことを延々とやっているだけでは残念だけど変わらない。
感情論では何も変わらない。何も言わないよりは良いというだけ。

昨年、実家の母親に会ったとき
「安部政権のやり方に反対している人が多いけど
世界中がそういう流れになってるんだからしょうがないじゃない?
その中で日本だけが嫌だって言えないわよ。
自分たちさえ良ければ良いっていう事なの?」と、
小学生でもわかる言葉使いで、
また、特別な事ではない、常套句で質問してきた。
もちろん私はまともに答えることはできない。
世の中を常に客観的に見ることのできる
現実主義の母の存在に感謝せざるを得ない。

・・・そんなことを悶々と思っているとき
書店で気になる新刊を見つけた。

「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか
浅羽通明/筑摩書房

■「楽しい」「かっこいい」で集めたデモではナメられるだけ
■一人ひとりの思いに頼る、組織なき闘いでは続かない
■「言い続けることが大事」では信用がすり減る
■子どもの詩を楯に反論を封じたら、論争力が衰える
■70年前の戦争ばかりが教訓では足元をすくわれる
■原発、戦争よりも人事評価がこわい会社員を、巻き込めるのか?
※本書より

本気で安部政権に勝ちたいならば
それ相応の戦い方をしなければ勝てませんよ、
という内容が書かれている。
少々(?)えぐいことも書いてありますが
なるほど、するどい視点です。

儚い将来の夢

20150920

子供の頃、絵描きさんか小説家になるのが夢だった。
絵が好きで、漫画を描くのが好きな姉の真似をして
少ないおこずかいを握り、画材屋さんでGペンを買って
インクで太い線や細い線を好きなように表現するのが楽しかった。
姉はキン肉マンから頭文字Dまで徹底した少年漫画派で
主にはプロレス漫画を描いていた。
プロレス漫画は私にはなにが面白いのかさっぱりだったが、
私か描いたギャグ漫画もオチが意味不明で全然面白くないと
姉にこきおろされていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

親は「漫画ばっかり読んでると馬鹿になる」と、ひどく否定的だった。
母は翻訳の仕事をしているだけあり相当の本読みで、
家は古本の山で壁という壁に本棚がはりめぐらされていた。
私もたまにその本棚から適当に選んで本を読んだ。
おそらく初めて読んだのが、筒井康隆の「緑魔の町」(怪奇SF)
そして大藪晴彦の「野獣死すべし」(ハードボイルド)
村上龍の「限りなく透明に近いブルー」(性、麻薬の風俗描写)
これが私の小説ことはじめ、ちなみに小学生のチョイスだ。

もう、「緑魔の町」に出てくる”あかなめ”が怖くて怖くて、
同級生に一生懸命説明してドン引きされたり、
タイトルの美しさににひかれて読んだ「限りなく透明に近いブルー」は
途中から吐き気がして全部読んでないと思うし、
今考えると、チョイスがおかしいんじゃないかと思う。
でも、母のことだから、そもそもそんな本ばかりが
あったんじゃないか?とも思う。
例えば、筒井康隆だったら、「時をかける少女」は、ない。

その後、高校生の頃読んだドストエフスキー「地下室の手記」が
面白かったのと、アルベール カミュ「異邦人」に感動したことを、
最近帰省した時に母に話した。
知らなかったが、母は大学の卒論のテーマが
ドストエフスキーのなんちゃらだったようで、
「地下室の手記」は、げらげら笑っちゃう人と、
真剣に入り込む人と2通りにわかれる、という。
(私は前者で、あれはお笑いの本だと思ってる)

そして、世の中でとってもメジャーな「ライ麦畑でつかまえて」
の話になり、あれはなぜか読む気がしない、と言うと
母も全く同じだと言っていた。でも世の中で評価されているのだから、
読んでみようじゃあないか、そして次回会った時に、どうだったか
感想を話し合おう、と約束した。
サリンジャーは、過去に「ナイン・ストーリーズ」を買ったが
いまいち入り込めなくて放置の経験がある。
母との約束のために「ライ麦」も買ったが212ページで止まったまま。
刺激に慣れすぎて繊細な描写がわからないのか、「青春」が、だるい 苦

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ギャグ漫画を姉にこきおろされて、次に小説を書いて親に見せた。
出だしの文章が、「ズディ!ズディ!!電話よ!」というもので、
母親が二階にいる息子「ズディ」を呼んでいる設定だ。
親は読み始めてすぐに、「ズディ」という名前がオカシイと大笑いをし、
その反応を受けて小説家になる夢も綺麗に消えました。


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